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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
彼はなお飽きずに努力したが、どうしても二三段より上へは登れなかった。
「よせ」と彼は片手でなにかを払いのけるような動作をした、「よせったらな、このやろう、ばちばらすぞ」
それから力尽きて、梯子の桁へ腕を掛け、全身で凭れかかって眠ってしまい、知らせを聞いて駆けつけた妻女によって、家へ伴れ去られたのであった。
こうして山口屋の披露宴は事なく終り、五郎さんと花嫁とは、客たちより先に家へ帰った。――ここまでは、五郎さんの運命は頬笑んでいた。彼自身は高等小学校しか出ていないのに、花嫁は東京の女学校を卒業していた。彼が貧相でみばえのしない男ぶりなのに反して、花嫁はかなり縹緻よしであり、東京の女学校を卒業したという、一種の誇らしげな匂いを身につけていた。おそらく、五郎さんは自分の幸運をよろこんだであろう。揚幕で初舞台の出を待つ役者のように、よろこばしい不安のために胸をおどらせていたことだろうと思うが、――運命はそこで頬笑みを消し、まるで五郎さんに向って舌を出すようなことをやってのけた。
新婚の寝間へはいると、花嫁は自分の夜具のまわりへ、ぐるっと砂を撒いた。砂は用意して来たものらしい、目のこまかい麻の袋にはいってい、花嫁のゆい子はその袋の口をすぼめて、枕許から左廻りに、ぐるりっと、砂のバリケードを作ったのであった。