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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页

青空文庫

五郎さんは腑におちない顔で見ていたが、すっかり砂の線が出来あがり、その線に囲まれた夜具の中へ、わが新婚の花嫁が寝てしまってからも、やはり腑におちないことに変りはなかった。

「それはなんですか」と五郎さんは訊いてみた、「なにかの呪禁ですか」

「呪禁なんかではありません」と花嫁は答えた、「お母さまの喪があけるまでは、こうして寝るようにと云われて来たんです」

五郎さんはちょっと考えてから、穏やかに訊いた、「いつ亡くなられたのですか」

「誰が」と花嫁のほうで訊き返した。

「お母さんですよ、あなたがいまお母さんの喪があけるまでって」

「ううん」と花嫁は東京の女学校を卒業した匂いのする発音で五郎さんの言葉を遮り、きまじめに五郎さんをみつめながら云った、「あたしの母はお式にもいたし披露宴にもいたし、あたしたちといっしょにここまで来たじゃありませんか」

「ああそうか」と五郎さんは云った。

「あたしの母はあのとおり丈夫ですよ」

「失礼しました」と五郎さんは云った、「ではあなたの云うのはぼくの母のことですね」

「おやすみなさい」と花嫁が云った。

「おやすみ」と五郎さんが云った、「どうも有難う」