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あおべかものがたり
青べか物語
山本 周五郎
「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 页
家へ帰れないときは、というのはあまり泥酔したということであるが、源太は消防ポンプ小屋へもぐり込んで寝た。一日じゅう、主人の帰りを待っていた家族は、夜が更けてからこっそり家を出てゆく、そうしてごったくやと呼ばれる小料理屋や、「四丁目」または蒸気河岸の「根戸川亭」という洋食店の裏口をまわって残り物を貰い、僅かにその日を凌いでいた。
こうしているうちに、源太の妻が若い男と出奔した。相手は缶詰工場の若い雑役夫で、源太の妻より六つも年下だったというが、これは町の人たちのいい話題になった。源太の妻は年でいうと三十ちょっと出たくらいだから、二十五六の男とできたというだけなら、浦粕町としては決して稀有な出来事ではないが、源太の妻というのは枯木のように痩せてい、女には珍しく頭が禿げて、口は消防組長のわに久のように大きく、眼のふちは赤く爛れて、歯も半分は欠けたり抜けたりしていた。
――あんなおっかあのどこがよかったのか。
女にすたりはないと云うが、それにしてもよくあんな女と駆落をする気になったものだ、よっぽどの世間知らずだったんだな。こう云って、町の人たちは飽きることなく笑いあった。