Japanische Klassiker mit Furigana
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にっき
日記
宮本 百合子
Lesen Sie 日記 (にっき) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 102.285 Zeichen · 204 Bildschirme
五月二十四日
然し、ベートウベンの作品は、何が、モーティブ――心的になって居るだろう、あれは頭からか?
「南路」をなおし、駄目、駄目? と思う。今まで何をして居たのだ。
五月二十四日(水曜)晴
Aは、遠足の筈なのを休んで一日在宅。顔の腫物は、よほどよいが、まだものを食べるにも苦しいようだ。岩波に送る広告文を書く。自分は、「加護」をすっかり揃える為、上野へ行く。四五月だったと思い、一生けんめい見るがなかなかない。八月だった、あの時分のあわただしい生活で、それ程時の観念もあやふやになって居たのか、と思う。
かえりに、文房堂により、表紙にしようとする紙を見る。オリーブのようなので、少し変ったよいのがあった。
夜ダンテをよむ。種々の考、ブルジョアと云い、プロレタリアと云い、あらそいは、問題は、もう一歩奥に触れらるべきものを持って居ると思う。社会は、其処――表面の問題――に止ってよいのだろうが、芸術はそうでは足りないと思う。
宮島新三郎氏が、近代人の頭に適するスタイルの単純化というようなことを云って居られるが、□□価値は、実はもっと深く、真の真心から出たものは、余計な飾やひまがないと云うことなのではないか。