Japanische Klassiker mit Furigana
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こどうひゃくわ
胡堂百話
野村 胡堂
Lesen Sie 胡堂百話 (こどうひゃくわ) von 野村 胡堂 (のむらこどう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 124.386 Zeichen · 248 Bildschirme
などはひどく気に入ったようだった。
やがて、最後の手紙が来た。
「世の中に、こんな結構なものがあるのを知らず、碁ばかり打っていたのが、今となっては、口惜しくてならぬ。せめて、もう、十年も早く気がついたら、どれほど沢山のものが読めたことか――」
この手紙を、私は、大切にしまっていたが、鎌倉へ引越す時に、なくしてしまった。露子は、それから間もなく死んだ。枕元には、三分の二ほど読み終えた仏文の「ジャン・クリストフ」がひろげてあった。
この時から、私は、一切のカケと勝負事に興味を失ってしまった。四十二歳を限りとして、碁石は一度も握らない。たとえ一生かかっても、初段にも一級にもなれそうもないザル碁から、私が足を洗ったのは、露子の悲痛な手紙からである。
露子の弟の岩動炎天は、この間も、遊びに来たが、碁の下手糞だった炎天と私だけが今も生きている。あのまま、私が打ち続けていたら、銭形平次三百八十三編は、二百編でとまったかも知れず、あるいは百編で終ったかも知れない。
八五郎を相手に、平次にヘボ碁を打たすのは、私のささやかな郷愁とでもいうのだろうか――。
俳句行脚
明治三十三年の夏である。