Japanische Klassiker mit Furigana
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こどうひゃくわ
胡堂百話
野村 胡堂
Lesen Sie 胡堂百話 (こどうひゃくわ) von 野村 胡堂 (のむらこどう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 124.386 Zeichen · 248 Bildschirme
寛政以前の浮世絵画家は、その世界的の作品に、サインさえしていない。自分の見栄のためでなく、庶民の慰楽と、生活の糧のために描いたのだ。ウソも、掛け値も、ケレンもなく、すぐれた熟練工として、自分の仕事と、真っ正面にとり組んだのだ。
音楽畑でいうならば、ヨハン・セバスチャン・バッハは、自分の所属する教会と合唱隊のために、毎週一曲ずつ、実に三百曲近いカンタータ(交声曲)を作り捨てた。その中には、一曲で数百ページにのぼるものがあり、連続演奏五日間にわたる長大な曲もあった。バッハは神を賛美するため、教会の合唱隊を指揮する職責のため、文字通り、それを作り捨てたのである。もしもバッハ夫人が、写譜して残してくれなければ、暗から暗へ永遠に失われたかも知れないのだ。
古石器時代の人が、何万年後のわれわれのために、洞窟に赤牛を描いたのでなく、鳥仏師が、国宝にするために、仏像を彫んだのではあるまい。ものものしいポーズと理屈をつけても、つけなくても、残るものは残り、残らないものは残らない。
一立斎広重は、六十余年の生涯のうちに、あの美しい風景画を、四千枚……あるいは六千枚も描いたろう。