후리가나로 읽는 일본 고전
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みんげいよんじゅうねん
民藝四十年
柳 宗悦
柳 宗悦의 民藝四十年(みんげいよんじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 182,248자 · 368화면
もっともな話で、一度ぎりで念仏の必要がなくなるからである。品物でも本当によいものなら一個でもう沢山だというに等しい。他にいくら美しいものが現れても心を動かさぬことになろう。
しかし求める心、慕う心は、そんなに局限されるものではない。限りない求めであってこそ始めて本当の求めだともいえる。それ故念仏の例に帰ると「念々の一念」という考えに高まるのは当然である。その意味は、一念が念々に相続するので、単なる多念とは違う。後者は横の念仏であるが、前者はこれを縦の念仏と呼んでよい。もとよりこれは一回で終る一念とも違う。いわば「不断の一念」なのである。それは一念を否定する多念でもなく、多念を否定する一念でもない。一念が日に新たに連続するのである。だから不断の一念、一念の不断である。念々が新鮮な一念なのである。私の考えでは蒐集もまた一物の不断、不断の一物でなければならぬ。つまり物々が新鮮な一物として現れる時、不断の蒐集となるのである。これは多数な蒐集と混同されてはならない。だから私は絶えず買いはするが、数沢山買っているのとは違うと主張するのである。このことを分って貰えないであろうか。