후리가나로 읽는 일본 고전
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みんげいよんじゅうねん
民藝四十年
柳 宗悦
柳 宗悦의 民藝四十年(みんげいよんじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 182,248자 · 368화면
一〇
彼らは淡々として当り前なものを作ったに過ぎない。だから救われたのだといってよくはないか。ここで「平常心」を説く自力門と自から相会うのを感じる。他力の作である「井戸」が、禅意に適う所以である。つまりは自他両門一如なのを感じないわけにゆかぬ。
だがここでもう一つ注意を喚起しよう。どんな後代の天才が、凡人の作った「井戸」以上の茶碗を易々と作り得たか。至難だと見える。再びここに『歎異抄』の言葉が想い出されるではないか。天才には秀でた作が出来るのである。だが凡人にはなおもそれが出来るのである。仏の加護の許で。
一〇
ある人はなおもこう詰るであろう。凡ての者が救われると契われていたとて、この世には幾多の凡庸な者があって、世を醜くしつつあるではないか。どうして彼らが救われないままで残っているのか。仏の誓いなど夢に過ぎなくはないか。いつまで私たちは凡人に悩まされねばならないのか。いつまでそれを呪わなければならないのかと。
答えは簡明なのである。凡庸な人間が小さな自我を言い張るからである。自らで何事かが出来ると思うからである。だが畢竟は迷いに過ぎない。そのため本来清浄な性に濁りが来るのである。