후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
みんげいよんじゅうねん
民藝四十年
柳 宗悦
柳 宗悦의 民藝四十年(みんげいよんじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 182,248자 · 368화면
一二
浄土門では極楽往生を説くが、本分にその極楽が在るのであって、何も特別な個所を指して、しか呼ぶのではない。往生はその本分を離れてはない。阿弥陀仏はその本分の体なのである。それ故往生は阿弥陀仏に帰入することなのである。かくて南無阿弥陀仏が往生するのである。美の往生もこの往生を離れてはない。
一二
聖道門においては、「煩悩即菩提」とか、「生死即涅槃」とか教え、これらの言葉に究竟の理法を托した。その前後に置く対辞は何なりとも、中に差挟まれた「即」の一字に凡ての密意がかかる。「即」に成仏があるのである。「即」を離れては往生はないのである。「即」が往生するのである。浄土門でいう六字の名号も、偏えに「即」を凡夫に握らせたいためである。名号が衆生と仏とを不二ならしめ、娑婆を寂光に即せしめるのである。だが「即」と「同」とをゆめゆめ同じだと受取ってはならない。どうして人と仏とが同じであり得よう。だが同じであり得ない不幸のままに、人が仏に結ばれる幸を説くのが「即」の教えである。名号は人の善悪などを選びはしない。悪人は悪人のままに名号に結ばれるのである。この場合、悪人でよいといっているのではない。