후리가나로 읽는 일본 고전
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みんげいよんじゅうねん
民藝四十年
柳 宗悦
柳 宗悦의 民藝四十年(みんげいよんじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 182,248자 · 368화면
五
不生の域に達すれば、もとより美と醜とは争いを失ってしまう。いつも巡礼の編笠には十字型にこう記す、
本来無東西 本来東西なし、
何処有南北 何処にか南北あらん。
迷故三界城 迷うが故に三界は城、
悟故十方空 悟るが故に十方は空なり。
ここではこの東西南北を美醜善悪の言葉に置き換えればよい。
五
ではどうしたらよいのか、その東西の別もない本来のままであればよいのである。あるがままの本然の性に帰ることである。天授の質に活きることである。法が爾らしむる所にいればよいのである。これが「自然法爾」の教えである。そういう境地を仏徒は「如」といったのである。この「如」のみが不動不変なのである。それで真に美しいものはどういうものかということが分る。それは「如」を離れてはない。それは「如」の姿なのだともいえる。
「如」はまた「一」である。「一」はまた「不二」ともいう。それ故美にも醜にも属しないものであるし、また醜を棄てることで選ばれる美でもないのである。いわば醜に向い合わぬ不二の美、美それ自らとでもいうべきものである。かかる美が美醜の範疇に属していないことは自明である。