후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
みんげいよんじゅうねん
民藝四十年
柳 宗悦
柳 宗悦의 民藝四十年(みんげいよんじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 182,248자 · 368화면
改めて民藝について
民藝という言葉は、仮に設けた言葉に過ぎない。お互に言葉の魔力に囚われてはならぬ。特に民藝協会の同人は、この言葉に躓いては相すまぬ。この言葉によって一派を興した事にはなるが、これに縛られては自由を失う。もともと見方の自由さが、民藝の美を認めさせた力ではないか。その自由を失っては、民藝さえ見失うに至るであろう。お互に充分警戒してよい。道元禅師は、日本曹洞宗の祖といわれるが、曹洞宗という言葉はおろか、禅宗という言葉すらも好まれなかった。一宗一派ともなれば、かえって禅を見失う危険が起ろう。禅師が支那から帰朝された最初の説法に「空手にして郷に還る」といわれたという。ある注釈書を見たら、伝教、弘法その他の宗祖は、皆万巻の経文や仏像等を携えて帰られた。しかるに道元禅師は、そんなものは後廻しにして、空手で帰って来られたのだという。こういう解釈にも、ある程度の意味はあろうが、おそらく真意はそんな外形的な事ではあるまい。「空手」を「如心」の意味にとる方が更によくはないか。ある人が禅師に、支那で何を学んで帰られたかと尋ねたら、「柔心」を学んで来たといわれたという。柔※(「車+(而/大)」