후리가나로 읽는 일본 고전
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みんげいよんじゅうねん
民藝四十年
柳 宗悦
柳 宗悦의 民藝四十年(みんげいよんじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 182,248자 · 368화면
しかしそれは本来の面目ではないはずである。元来は無謬なのである。ここで無謬というのは完全であるという意味ではなく、不完全なままに謬りのない世界に受取られることをいうのである。だから誤謬のままで無謬になるのである。誤謬を取り去って無謬になるというようなことは人間には出来ない。だが有難くも誰が何をいつどう作ろうと、本来は凡て美しくなるように出来ているのである。秀でた者は秀でたままに、劣る者は劣るままに、何を描きどう刻もうと、凡ては美しさに受取られるように仕組まれているのである。仏が正覚を取ったということは、この真理の確認なのである。「大無量寿経」は仏のこの驚くべき行いを説くために書かれてある。それ故、人の善悪を選ばず、信不信を待たず、一切の人間の一切の作は、少しの例外をも許さず、仏の済度を受けているのである。ただこの秘約が通じないために、またこれに逆らうために、迷いが人々に残っているに過ぎない。醜さとは、即ち本然の様から離れた姿を指すのである。宗教ではこれを罪という。
それだから希くは美醜の分別を越えることである。それらが二に分れる已前に自らを戻すことである。