후리가나로 읽는 일본 고전
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みんげいよんじゅうねん
民藝四十年
柳 宗悦
柳 宗悦의 民藝四十年(みんげいよんじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 182,248자 · 368화면
醜さとはこの濁りの色である。しかしこのために救いの誓いが弱められたことはない。否、いやまして準備されているのである。愚な者、罪深い者の救いにこそ、悲願がふり注がれているのである。我が罪を想うのはよいが、それを必ず救おうとする仏の大悲をつゆ疑ってはならぬ。『唯信抄』にいう、「仏いかばかりの力ましますと知りてか、罪悪の身なれば救われ難しと思うべき」と。仏の悲願は私たちの罪の多寡には左右されない。かかる恵みの風が贈られているのに、帆を棄てて自らで漕ごうとする。それ故途中で疲れてしまう。醜さは貧しい自己に便る時に起る。「捨てよ」と仏者が教えるのはその故である。
信心深い時代には、人間はもっと素直であり、謙虚であった。容易に自己を忘れた。これがどんなに彼らを幸にしたか分らぬ。今は疑い深い時代である。それ故才ある者もない者も、自らで判こうとする。これがために美醜が分れる。ここで才に乏しい者がいち早く敗れるのは当然である。醜さは小さな自力のしるしである。だがなぜ愚な者だと切に感じないのか。それが感じられないほど愚なのだというべきなのか。美と醜との争いに身を投げるなら、仕事は容易ではないのである。