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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
だの「枯野見」などという遊びは、遊びに飽いた江戸人だけが思いついてする遊びであった。月のない真ッ暗な夜で、それに、十月中旬なので、もう海は寒かった。芸妓たちは寒々と唇の紅を黒くして、船の中の小火鉢にかたまりながら、酒瓶の酒を燗していた。
蕭々と、江戸川尻の枯れ葭は、潮の香と、暗い風の中に、戦いでいた。芸妓たちは、寒がって、
「千鳥なんか、ちっとも、啼かないじゃありませんか」
斧四郎は、通人ぶって、
「啼くの、啼かないのと云うようでは、風流は、わからぬ」
「啼かぬ千鳥を聴くんですか、なんだか禅みたいですね」
「ぶ風流な奴は困る」
二艘の船を、繋綱で抱きあわせて、
「そちらのお武家様、お一杯、頂戴いたしましょうか」
「お蔭で、久しぶりに、腸心を洗って飲むような気がする」
桂と、斧四郎とは、船から船へ、手をのばし合って、杯を献酬した。
斧四郎が、お喜代の三味で、小唄をうたうと、桂は、長州節を活溌にどなった。露八も、幾つかの荻江を唄った。
「お菊、笛を所望」
斧四郎旦那がいうと、芸妓たちも、一緒にせがんだ。お菊は、帯の間から、朱漆の一管を出して吹きだした。葭をわたる風が、舷へ霜をおくように冷たかった。