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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

颱風圏

一

「ちょっ……ちょっと待って下さい」

露八は、坊主頭を撫でて、

「父の最期とおっしゃったが、それは、誰のことで」

「まだご存じないのか」

「知りません」

「ふーむ。つい四、五日前のことですぞ。土肥半蔵殿は八十三郎殿破牢の一件やら、例の闘鶏師どもの執念ぶかい脅喝やらに、ひどい気鬱に罹られたらしく、公儀の呼び出し状をうけた当日、武島町の一室で、自刃めされたという話、平岡様から確と聞いたが」

「げッ。……ち……父が」

露八は、舌を噛んだようにさけんだ。

颱風圏

一

青木山の中腹に、石段と森と古い六角堂がある。渋沢は落葉を払って、

「土肥君、ここならゆるりと話ができる。――さて、貴公の坊主頭は一体どうした理だ」

と、縁に、腰を下ろした。

露八も並んで腰かけた。

ふたりの肩に落葉が降る。

「この頭が――」

と、露八は手を乗せて、

「父を殺したようなものだ。ああ、面目ない」

「悔やんだところで、お父上が、生き回るわけもなし。この上は、精神を入れ換えて、武士を磨き直すことが、貴公のただひとつの道ではあるまいか」

「武士を磨く。……こう錆びた体になってしまっては、それもいまさらむずかしい」