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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

暁凪

一

ふだん何とも思っていない露八が、恋しくなって、囲われ妾の身がしみじみと嫌になった。

暁凪

一

すこし、はめが外れると、猪八戒のように酔ってしまう。酔うと寝てしまうのが露八の癖でもあった。手の甲に涎がながれている。舷に倚りかかって、前後も不覚なのである。

「止まれーッ」

号令のような掛け声につづいて、小銃の音が闇の中で二、三発ひびいた。

眼を醒ますと、いつの間にか、船は三番台場の一、二町沖に来ている。赤い提灯印が、闇に泛いて近づいて来るのだった。迅い櫓音がたちまちこっちの船のまわりを一周した。

「待て。――どこへ行く」

そう云ったのは、西洋股引に陣羽織を着て、大刀を晒布の腰帯に差している、台場隊の幕兵だった。

砲台見付役。

と赤く書いてある提灯の字も読める。

隊長らしい男は、それを左の手に高く持って船の中に立っている。

五人ほどの部下は、その脚下にうずくまって、折敷きの構えと云うのか、小銃の筒口を、こっちへ向けたまま、ギ、ギ、ギ、ギ……と舳を突き当てるように寄ってきた。

露八が、びくッとして、身動きをすると、側にいたお菊ちゃんが、袂を抑えた。そして、静かなことばで、