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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

二

「そう願えれば、結構」

「今、お住居は」

「やはり、平岡円四郎殿の邸内に、匿われておる」

「ははあ」

ちょっと、彼の眼が、渋沢の顔を正視した。渋沢は、その眼に答えて、にやりと笑った。

二

「庄どん。――お帳場さアん」

女中が、中庭から呼んでいた。

庄次郎は、あわてて、

「では、いずれまた」

「自分も帰る」

同時に、渋沢も立った。

「諄いようだが、あの書付が、幕吏の手にわたると、迷惑いたす者が幾人も出る。どうか、相違なく、お届けねがいたい」

「承知しました」

渋沢を、庭口へ送り出すと、庄次郎は、あたふたと、帳場へ戻って、算盤を持っていた。

すると、主人の小倉庵の長次が、どこで見ていたのか、こんなことを話しかけた。

「土肥さん」

「はい」

「桐壺から今帰った客は、渋沢栄一という田舎侍じゃねえか」

「そうです」

「おめえも、同類じゃねえか」

「えっ。どうして」

「渋沢という男は、勤王浪人の尾高東寧や、その他の百姓侍と計って、高崎の城に、夜討をかけ、軍資金を集めて、討幕の旗挙げをしようとしたことがバレて江戸へ逃亡した野郎だ。武州の榛沢村から、俺の手へも、廻状が来ている」

小倉庵は、阿部閣老に取り入っているし、また、兄弟同様にしている鈴木藤吉郎は与力を勤めているし、そんな関係から、料理屋の亭主ではあっても、小梅村での十手預かりだった。