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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
三
三
「露八。ここを放免してやっても、まさか貴様、またお蔦のところへ、二度と帰るのじゃあるまいな」
懇々と、桂は、彼に意見を云った。露八も、つくづくと今になって思うのであった。最初の一歩から、いかにお蔦が自分の運命をうごかして来たかということを。
「帰りません」
「よろしい」
「だが、桂さん、そうなるとさし当たって、行く所がねえんです」
「お蔦の稼いでいる馬関にはいたくあるまい」
「へい」
指を噛んで、露八は、考えこんだ。
「誰か、矢立を持っとるか」
桂は、紙と筆をとった。達筆な文字が紙を走る。文末に「松菊生」と署名して、宛名は、薩艦、大山格之助殿――。
封をしめして、
「露八、これを持って、今夜航る春日丸に便乗させてもらえ。大坂までは、これで行ける。……だが、大坂にも永くいるなよ。仔細は云えんが、当分、もっと無事な所へ行け。いいか」
「有難うぞんじます」
「金があるまい」
「ございません」
「やろうか」
「欲しい――喉から手が出るように。――だが、癪なんだ。桂さんたあ、何でもねえ気がするが、土州とか、勤王党とか、考えると、もらうのは嫌だ。どうかなりやしょう」
「はははは、そんなことをいわずに、持ってゆけ。