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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

三

「きゃっ――」

芸妓たちが、魂消るように叫ぶと、船頭も、わっと、艫の蔭へ身を竦めて、

「笛を止めた! 笛を止めたっ!」

と、お菊ちゃんへ、注意した。

だが、一曲済まないうちは、止めるに止まれないもののように、お菊ちゃんは強情に吹きつづけていた。大きな弾丸は、一つだけだったが、ぴゅうッーぴゅうんっ――と小銃の弾丸が、幾つも、屋形をかすめたり、近い水面に落ちて、飛沫をあげた。

「なんじゃあっ?」

斧四郎が、首を出しかけると、

「あぶない」

露八は、鬘をかぶって、大きな体をあわてて舷へ出した。そして、永代橋の上を振り仰いだ。橋の上には、奥州街道の埃を浴びて江戸へ入って来た何藩かの軍隊が、四、五百名ほども、一鼓六足の歩調で、東から西へと渡りかけていた。

三

羅紗ズボンだの、陣羽織だの、足軽笠だの、そして、荷駄や馬の首の流れて行く行列の上に、銃と槍と、旗差物が、燦々していた。

「会津兵だ」

露八が、呟くと、艫の蔭で顫きながら、船頭が云った。

「そうだ、会津の松平容保様が、京都の守護職になって、今日か明日、ご上洛という噂がある」

「その兵だろう。自分たちは、国事のため、これから生きるか死ぬかの仕事に就こうというのに――江戸の人間が――と腹が立って悪戯半分に撃ったのだ。