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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
雪の波止場
一
お吉ッつぁんがいれば、抛りだして行きたかったが、泣きぬくので、離せもしないのである。
「恐いこたあねえよ、あの小母ちゃんの呶鳴るのは、病気だよ、すぐ癒るよ、さあさあ、だまんな。……もいちど、高い高いばーか。……そうら、高い高い高い、ばあ!」
雪の波止場
一
関門屯所の営倉の中に、手錠をかけられたまま、露八は、ゆうべの夜半から抛り込まれていた。
(一体、何の罪科で? ――)
どうしても、それが、解せないのである。
それを考えつめたので、頭は充血しているし、顔は腫れぼったい。営倉の空から、一晩じゅう、海峡の冷たい風が、針をもつように、吹き落ちてくる。
でも、夜明けの光を見ると、露八は、今に調べがあるだろうと、一縷の心持ちを張っていた。手錠のかかった手は、知覚がなく、無花果色に膨れていた。
釣竿みたいな物の先に、稗米の握飯に梅干の入ったのを一つ、竹の皮にくるんで誰か窓から吊り下げてくれた。
指はきくので受けとって、ぼそぼそと食べた。
外を、時々、隊士の跫音がして過ぎる。
そのたびに、露八は、
「もしっ、もしっ」
背伸びをして、どなったが、うんとも、すんとも、返辞はないのである。