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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

三

「…………」

「こう打ち明けた以上、嫌と、貴様がいうならば、気の毒だが貴様も生かしておくわけに行かん、奥の土蔵部屋までちょっと来てもらうまでだ。――そして俺はあいつを必ず斬る。破牢一件が江戸表で騒がれているから、功名がおに首を持って帰るためなどでは決してない、徳川武士の道徳は、腐ってもまだこれくらいはあるということを、己ればかり大義人道の武士顔している勤王派の百姓侍にも見せておく必要があるというものだ」

お里は、いつのまにか、そこにいない。油皿の燈芯が、ジ、ジ、ジと戦慄している。大きな嘆息にふくらむたびに肺は肋骨に抑れて傷む。

三

「しかたがない。土蔵へ参りましょう」

酒の気も、いっぺんに醒めて、露八は、真っ蒼だった。

「どうしても嫌か」

「人間の皮をかぶっちゃできません。武士は廃めても、人間と名のついている以上は」

「先祖以来、ご恩顧のある徳川様へ、それくらいな奉公は、貴様にもできるだろう」

「できません。武士道よりゃあ、人間道だ」

「立てっ」

「へい」

変に大きな――空虚な返辞をして、露八は立とうとしたが、立てなかった。

榊原は、榊原好みといわれている大刀を提げて、