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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
二
「忙しいんでしょう」
「弱っているのさ」
「じゃ、また来ましょう」
ぷいと、露八は、迅い足で、本堂を降りて草履をはいてしまった。
二
呆っ気にとられた顔をして、渋沢は、廻廊から、
「いいじゃないか、君」
「でも」
「せっかく、訪ねてくれたのに。……忙しそうにして、追い立てたようだが、気にしてくれるな」
「なあに、そんなことはない。こっちは、閑人だ」
「じつは、恩人の平岡円四郎殿が、志士たちの誤解をうけて、暗殺されたり、そのため、後の事務の処理を、藩から頼まれたりしているものだから」
「へエ。平岡さんも、殺されましたか」
「どうも、ちと、勤王派もやりすぎる。……俺も一ツ橋家の手伝いなどしているから、狙われているかも知れん。……しかし、慶喜公の知遇や、恩人の死や、いろいろ義理ずくめの事情で、近いうちに、正式に、藩へお召抱えになることに決まった。幕臣になったから皇室へご奉公ができんという理屈はないから、おひきうけ申したよ。……君も、藩へ帰ってはどうだな」
「ありがと」
「また、来てくれ。八十三郎君のことなら、どんな骨でも折る」
鳩が、足の先から立つ。露八は、見すぼらしい自分の背を見送る渋沢の眼を感じながら、薬師の外へ出た。