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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

三

(……もう来ない)

と、肚の底で云った。

二月もあと幾日もない。京都もどこかぽかぽかと陽なたのにおいがしはじめている。安宿までの間を、露八は、ぶらぶらと歩いてゆく。

「江戸はいいな」

露八にはどうしても馴じめないここの空気だった。

土佐侍、長州侍、薩州弁が、ここでは肩をいからし、大きな刀を、かんぬき差しに歩いている。

江戸者といえば芸妓でも時勢おくれの人間のようにいうし、こまちゃくれた舞妓や仲居までが、攘夷とか、幕府がどうとか、将軍家を批判にかける。ご用聞きや町の童は、さかんに、葵は枯れる――と流行節を唄っていた。

江戸者の露八には、そうした声や世態が、本能的に、むかむかして来る。いちいち、面当てをされてるように思えてならなかった。

三

三条大橋詰の旅舎の前にも、志士とよぶ閂ざしが五、六名かたまって、旅舎の立て札に、何かぶつぶつ云っていた。

「クヮイズ藩とは何じゃ」

指さして、一人がいう。

「何、クヮイズ藩、そんな藩が、わが国にあったか」

「ここにある。――クヮイズ藩御役方御宿所、とあるではないか」

「会津だろう」

「会津藩か、はははは。しからば、今度京都守護職とかいって、公方方の尻押しに、上洛った者の家臣が泊まっているとみえるな。