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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
二
斧四郎の顔を見つけると、浜中屋に来ていた芸妓たちは、女将が止めるのも肯かないで、
「生姜市へ行くなら、私も連れて行って」
「わたしも」
「私も」
「私も」
褄を取って、白い素足が、ひらひらと五、六人も跳び乗ってしまった。大きく揺れる屋形の周りで、芸妓たちはキャッキャッと、はしゃいだ。
「乗るな、乗るな、船が沈む――」
斧四郎が云うと、
「沈んだって、かまわない」
「お前たちは、借金のある体だからかまうまいが、わしは、かなわん」
「どうせ死ぬなら、旦那に掴まっていよう」
芸妓たちは、どやどやと、中へ入った。屋形は、美しい人間と、伽羅の香で、いっぱいになってなお揺れた。
「なむあみだぶつ」
「船頭さん、橋杭に打つけちゃいやだよ」
「沈んだら、綺麗だろうな」
「とんだ、壇之浦だよ」
芸妓たちの饒舌を、露八は、隅ッこで、気の小さい眼をして瞠っていた。
二
剣菱を抜いて、
「うむ、これなら飲める。露八さん、杯が遠いな。もっと、真ん中へ出ないか」
「はっ」
露八は、救われたように、乗り出して、杯をうけた。
「おや、どこの幇間さん?」
芸妓たちが馴れ馴れしく云うと、お菊ちゃんが袖を引っ張って、なにか囁いた。