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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

磧の夜霜

一

磧の夜霜

一

「では、ここでお別れするか」

三条大橋で、渋沢は足をとめた。

「――河原町の薬師寺に、平岡様とともに当分ご一緒にいるつもりゆえ、いつでも訪ねてくれたまえ」

露八は、ほっと、気が楽になった。

「いずれ伺います。――平岡様のいない折にでも」

「いてもよかろう。酸いも辛いもご存じの御用人だ」

「でも……」

露八は、京の往来がめずらしかった。同時に、今夜からの寝床をふと考えていると、例の百姓くさい財布を解いていた渋沢が、

「土肥氏、すくないが、早速にお困りは金だろう。費ってくれ」

「え」

手を引っ込めて、

「あなたにはまだ、古い借金も済していない。こんな物を貰っては」

「遠慮するな」

無理に懐中へ押し入れて、

「――どうだこの京都は、江戸とは、活気が違うだろう、当分、見学するさ」

渋沢に別れると、露八は、初めて自分が自分のものになった気がして、

(アア窮屈だった)

思いきり、伸びでもしたいように、さて、加茂川というのは、これかと眺めた。

ふところへ、渋沢がくれて行った金の紙包をあけてみると、糊付けの小判が二十枚、ぺたんと一個になっている。この金の塊りと、あの渋沢のみみッちい性格と、どう考えても、露八にはつりあいがとれなかった。