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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

塵芥焼

一

「会いたかった」

ひしと思う。

この駕を引っ回してとも逸るのであったが、知らずに別れたのはむしろ僥倖であったことにすぐ気がつく。

「もし知っていたら、あの時の俺は弟だろうが何者だろうが、官兵とあったら見境いはなかったろう。弟もまた、俺が頑強に手抗いしたら、兄だからとて、許してもおかれなかったに違いない」

駕の揺れるたびに体中が痛む。その痛みが、露八の血管に一度息を絶っていた憤怒に再び呼吸をさせ初めた。彼は、這い摺っても、江戸へゆくぞと思った。江戸へゆけば人間という人間はみんな味方であり親類のようなものだし――と思った。

塵芥焼

一

五月十五日の蕭々と降りけぶる五月雨のなかで、彰義隊の第一赤隊の一兵士である露八の土肥庄次郎は、雨と血と泥土にまみれながら、

「畜生、畜生」

黒門口の番小屋の脇に積みかさねてある畳の砲塁を楯にして、広小路の敵を、狙撃していた。

「土肥っ、頭が、焦げてるぞ」

山王台から駈けて来た榊原健吉が、彼のうしろで、呶鳴った。

露八には、耳に入らない。健吉が何度も叫ぶので、はっと頭へ手をやると、大きな火の粉が白鉢巻の間に落ちて髪の毛をジリジリ焼いている。