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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

二

「出戻りの女などに――」

つぶやいて、腹を立てた。

そのくせ、しきりと、想いだされるのが、お喜代だった。お喜代になら、毎日でも、会いたい気がしてきた。眸を、どっちへ向けてもお喜代の顔か、帯か、疋田鹿の子かが、闇のなかにちらついて見えた。

「ああ! 馬鹿馬鹿しい――」

突然、彼は、担いでいた竹刀と目録とを、欄干から谷間へ、抛り捨ててしまった。そして、何丈か下の水面で、どぼん――と白い光がちらかると、初めて、爽々したように、

「お情け免許め、十三年、俺に無駄をさせやがった。――ざまを見ろ、肥船の尻にでもついて、流れてしまえ」

二

あやしげな鯛、長芋のお椀、こぶ巻、ご馳走といっても、そんな程度だが、倹約家の土肥半蔵にしては、大散財のつもりなのである。

翌晩のことだ。

長男の庄次郎が入江道場を卒業して、免許皆伝の栄誉を担ったというので、叔父の小林鉄之丞が、

「やらにゃいかんで――」

と、云うわけから、めずらしく、親類縁者を招いての、内輪の祝宴だった。

まだ健在かと思うような老人だの、紅葉山へご奉公して四十年にもなるという椎茸たぼの叔母だの、子供の殖えた姪だの、世帯やつれした妹夫婦だの、なんだの、一家に集まって、