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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

走り出すと、

「あれっ――露八さん」

お菊ちゃんは、縋りついた。

「追いかけて行ってもしようがないじゃありませんか。知ってのことなら悪いけれど」

「いや、済まない、どう考えても、気が済まない。弟は、俺の声だもの、俺と知っていたに違いない。笑っていたろう。嘆いていたろう。……でも俺は、どうにもならないんだ。間違って、侍の家に生まれてしまったんだ」

「だから、いいじゃありませんか。どう歩くのも、その人の一生でしょう」

「俺だって、そんなことぐらいは知っている。俺には、佐幕の勤王のという資格がない。生まれついての鈍物なのだ。鈍物なりに世間の邪魔にならないように、そして、自分のがらに合った世渡りを隅田川の蜆みたいに送りゃあいいと思っている。永い時世を経て来た江戸には、俺と同じ蜆が沢山わいているから、弟や、勤王派の者が、考えていることは本当だ、弟の行った道に、間違いはない」

「……二人で暮らしましょう。露八さん、私は浜中屋を出てもいい。だから貴方も絆や世間態に鬱々しないで、短い世を、お互いに楽しもうじゃありませんか」

「俺の生まれ性では、そうするよりほかはない。……だが、このままでは、俺は辛い。