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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

……どうだろう庄次郎、イヤ露八」

行燈の灯を横顔に、黙然と、俯向いている露八の手へ、冷たい酒杯を持たせて、自分で酌いで、

「頼みがあるのだ、聞いてくれんか」

「どういうことですか」

「八十三郎は、桂の手引で、長州屋敷に潜伏している。俺の顔を知っているのがだいぶおるし、あそこは、勤王浪士の巣窟だ。近づくにも策がない。……で頼みというのは、八十三郎を、其方の手で、連れ出してもらいたいことだが」

「へエ」

「承知してくれんか」

「嫌だ」

「嫌だろう」

「そんなこと、できるものか。……武士は廃めても、あいつは、たった一人の弟だ」

「知っている」

「あっしが、殺されても、そんな手引はできません」

「そこが、頼みではないか」

「ご免だ」

「嫌か――。嫌ならしかたがない。だが、俺が斬ると云った人間で外した者は一人もない。遅いか、早いかの違いじゃないか。また、俺が手に斬けなければ、壬生の近藤や土方の方で必ず殺る。もっと運が悪ければ、十手にかかって獄死か磔刑か、どうせ、遁がれぬ八十三郎の運命なのだ」

「…………」

「兄の貴様からよく因果をふくめて、この榊原の手にかかった方がどれほどいいか。……考えてみたら俺の頼みが無理でないことがわかるはずだ」