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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
露八は、それを見ていた。
「じつは、今日ちと、忙しいのだ。……ところで、君の用向きは」
「弟のことですが」
「八十三郎君は、長州屋敷にいるそうだが」
「へい」
「さかんに暗躍しているらしいな。正月下旬、千種有文の家来賀川肇を襲撃した中にもいたというし、つい先頃の足利尊氏の木像梟首事件にも、関わっていたという風説がある。学問好きで、そんな実行家じゃないと思ったが」
「…………」
話が反れがちである。
露八はまた、蠅を見まもっている。蠅は、寒そうに、どこかへ行ってしまった。
「ところで? ……」
渋沢は自分で話を反らせながらまた思い出したように催促する。
露八は、弟が、人斬り健吉に狙われて、危険な事態にある場合を忠告してやっても、自分の言をきかないので、渋沢から一つ身を隠すように意見してもらおうと思って実は訪ねて来たのであるが、渋沢の顔を見ると、性があわないというのか、妙に気がこじれて、何か恩でも着るような重い気がしてくる。
渋沢はそんな男ではないことを、万々胸では承知しているのだが、ともに、入江道場の模範生と並び称されていたことが、変に、わだかまって、心の隅で、ともすると、下げる頭をあべこべに突っ張って来る。