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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
馬関の埠頭で、長州藩の蒸汽船の汽笛が、ぼうっと、冬空に寒く聞こえる。ふだんは、牛が絞め殺されるようだの、昼寝を起こされるのと、耳うるさく嫌っていた音響が、なつかしくて、帆ばしらでも、見えないかと思った。
外は、広場だろう。
聞き馴れない、洋式の号令、小銃の射撃、馬蹄がぽかぽかと、土を蹴るのも、終日聞こえてくる。
「奇兵隊め! 何だって俺を……。やい、俺を、何だって」
露八の眠らない頭は、ようやく、躁狂になって、倉の中を、吠えながら、廻って歩いた。
「――夫婦喧嘩はしたが、俺は、悪事をしたこたあねえぞ。ゆうべも、お吉ッつぁんの家で泊まっていたのだ。どかどかと寝込みを襲やがって、有無も云わせず、この中だ。調べるものなら、調べてくれっ。……俺が、どんな人間か、お蔦に訊けば、わかるはずだ。女房にも、訊くがいい!」
自分の声が、せめてもの慰めだった。
立ち疲れ、喚きつかれて、ぐったりと、軍需品らしい荷梱のあいだにぶっ倒れて眠ってしまった。
眼がさめると、倉の中に、白いものがチラチラと舞っている。体は、鉄板のように冷えているのだ。
見ると、足の先に、雪がたまっていた。