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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
駕を一挺、大急ぎで仕立てい」
「へ、へい。どなた様がお召しになるので」
「この男を――」
と、鞍つぼにだらりと両手をぶら下げているのを眼で示すと、駕屋は、ちょっと怪訝って、
「どちらまでやりますか」
「東海道まで」
「東海道とおっしゃっても、京都から江戸までございますが」
「どこでもいい。しかしなるべく遠方へ持って行って打っ捨ってくれい」
「じゃ、それは、死んでるお人ですかえ」
「ま……死んでるようなものだ。しかし、粗略にいたすと承知せんぞ。賃銀も十分に払う。それ抱いて、駕へ下ろせ」
「重い人だな」
二人がかりで、駕の中へ抱き入れる。体温はあるので駕屋はすこし安心したていであった。長藩の若い将校は、懇々と、なおも何か厳命して、金子三両を駕屋に預けた。そしてすぐ馬首を回らすと、闇の道へ、急いで引っ返して行った。
三
醍醐を越え、山科へ出て、駕屋は夜をとおして駈けた。夜が明けてから安宿で四時間ほど眠る。駕の中の客はうつつである。飯時に、粥を与えたが食わない。
「三両分だけ走るのは、大変だなあ相棒」
「美濃あたりまで送れやあいいだろう」
変な客を乗せたものだと思う。しかし頼み人が官軍の将校なので彼らも不正直には扱いかねる。