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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

「人が悪くなっちゃ交際いにくいね」

「そう行けるくらいなら、大丞参議にゃなれないまでも、太政官のお髯のちり取りぐらいにゃ出世していまさあね」

「冗戯をいってるまに、昏くなってしまう。じゃあ、ほんとに露八さんも、東京へ帰る気ね」

「静岡も、なんだかかたじけないし、飽きてきた。ここも新政府の下ならば、いっそ、東京で暮らしたって同じことだ」

「私たちは、お節句がすんだら、すぐ引き払うつもりなんだよ」

「こっちは、身軽。いつでもかまわない」

「じゃ、前の日に、師匠でも使いによこして、誘うからね」

お菊ちゃんは帰って行った。

その時の約束で、露八は、浜中屋の家族や、引っ越し荷物と一緒に、清水港から船で東京へ帰った。東京では、山谷に一軒借りて、世帯を持ったが、荻江節で吉原へ出入りするうちに、金瓶大黒の楼主の大黒屋金兵衛の世話で、幇間の鑑札をうけた。

だが元々、幇間というような職業は、職業として公認されていない。荻江節を松廼家節とよび変えて、松の家節の家元露八――という名目で鑑札を取ったのである。

頭も、剃ってしまった。

「親父に糺明されて、切腹をする代りにと、叔父貴の手で坊主にされたときは……」