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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

すると、小下婢が、駈けて来て、

「旦那さん、お客さんだよ」

「誰だい」

「知らない人」

その客は、松の家の格子の外に立って、主の帰るのを待ち佇立んでいた。

「おう、露八」

顔を見合えば健吉、榊原であった。

この三月、廃刀令が公布され、官員も市民も、ちょん髷を切ったのが開化の風と好かれている世間に、見ると健吉は、剥げてはいるが、昔ながらの朱鞘を一腰差し、髪は総髪にたばね、洗いざらした袷を着て、埃でよごれた脂足に、踵のすり減った駒下駄をはいていた。

「折り入って、そちに、相談があってやって来た。一肌ぬいでくれぬか」

窮迫している様子が、その一言でわかった。彰義隊以来の思い出を語ろうでもなければ、流転を慰め合おうでもない。そういう愚痴や回顧をいう余裕すらない様子なのである。開化の埃にまみれた士族のすがたの中には、もう昔の士族のたましいも疲れてしまったのかと露八は眼をしばたたいて、ともかくと、家へ入れた。

門

一

しゃがれ声を絞って、

「さあ、お入り、お入り。見世物といってもただの見世物とは事ちがう。直心影流の榊原健吉先生のほかに、海内の名人達人が火花をちらしての撃剣大試合。