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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
(我慢だ)
十何年間、道場へ、叩かれに通った辛抱を思えば――と、彼は、我慢の膝に、拳をついていた。
とん、とん、
誰か、二階から降りてくる。
(さては、稽古が終わったか)
ほっとしていると、梯子段の上から見たのが、白足袋、袴、紗の羽織――提げ刀をした――いい年配の武家が三人。
「お喜代、草履をだしてくれい」
「お帰りでございますか」
「ム。平清に、寄りあいがあるでのう。――どうじゃ、わしの喉は、近頃は、ずんと、しぶかろう」
「大きい姉さんと、階下で、聞き恍れておりました」
「大きい姉さん? ……。ムム、お蔦のことか、何せい、この家は、上の姉、中の姉、それから、下のと――三人も美人の姉妹がおるので眼うつりがする」
自分の噂をされたので、お蔦も、顔をだして、
「おや、もうお帰り?」
「いたのか」
「いたのかは、ござんすまい」
「でも、昼寝していたじゃないか」
「お声に、聞き惚れてうとうとと」
「うそを申せ」
「ほんと。めッきり、三味線もお巧者になるし……。そのうちに、水神あたりで、しんみり伺わせてもらいましょうかね」
「だが、そちは、嫁に参ったはずではないか。いつまで、ここにもおるまい」