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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

――それと、薄汚い盲目染の脚絆か何かを、抓んで、

「負けておけ」

と五十文か、百文を、争っている様子である。

古着屋は客の風采を見て、

「旦那、お立派なお侍様で、幾値がとこでもありませんぜ。そんな、阿漕なことをいわないで、買っておくんなさい。口開けだ」

訴えていた。

庄次郎は、側を通って、

(あんな物を買って、渋沢は、何にするつもりだろう?)

思わず、足をとめたが、気がつくと、その渋沢には、昨日、財布ぐるみ四十両かの金を借りてある。他人の物に、惜し気もなく、悪友どもは、一夕に費いちらしてしまったが、あの金は、まさしく自分の借金だ。古着を買うのに、五十文か百文のビタ銭を争っている渋沢だから、顔を見たら、催促するにちがいない。もし返済せないと云ったら、藩邸へ告げるだろう。

(これは、まずい)

庄次郎は、慌てて大股に歩きだした。橋をこえても、まだ急いでいた。

「もし……。土肥様、そんな方じゃありませんよ」

お蔦は、追いかけて来て、

「どこまでいらっしゃるおつもり?」

と笑った。

「あ。……そうか」

「下谷の三枚橋。俗に、どんどん橋とも云いますね」

御徒士の屋敷だの、寺だのが、混みあっている町中の狭い忍川のふちを曲がって、