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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

「おやすいことですけれど……」

「たのむ!」

「じゃ、落し物を、見つけたら、貴方は、門の外で、待っていて下さいますか。帰っちゃ、いやですよ」

「帰るものか。たのむ!」

二度までも、拝むように云う。

お蔦は、気がるに、門の中へ駈けこんで行った。その後ろ姿を見届けて、庄次郎は、ほっとした。

だが、嘘言のてまえ、門の前に、ただ立っているのも、気が咎めた。しかたなしに、忍川のふちを、地面をみながら、往ったり来たりしていた。

犬の糞だの、瀬戸物の欠片だの、錆びた釘だの、かぞえていると、やがて、後ろで、お蔦の呼ぶ声がした。門の際に、その姿が見え、手招きしていた。

「オオ、返してくれたか」

「駄目」

お蔦は、困ったように、眉をひそめた。

「えっ、よこさない?」

「つむじ曲がりですからね」

「不都合じゃないか、人の物を、持ち去っておきながら」

「本人が来たら渡してやると云うんです。だから、お入りなさいよ。がさつな屋敷だから、誰に、遠慮もいらないし」

「遠慮などはせぬが」

「億劫がることもありませんよ」

「億劫でもないが」

庄次郎は、いかにも、弱った! というように考えこんでしまった。

苦手というのか、妙に、昨夜以来、怯気が先に立って、足が前へ出ないのだった。