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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
二
「さ、いらっしゃいよ」
「む?」
彼は、臆病な自分の足へ、力みを入れて、一つ、強く踏んだ。
「参ろう。自身で会おう」
その肩が、見えない妖霊へひとりで強がっているようで、お蔦は、おかしかった。
「ま――大変な権まくね」
笑いながら、煤ぐろい玄関の式台を、先に上がって、自分の家みたいに、
「用人も、誰もいないんですから、どうぞ、ずっと」
「ではご免――」
腰の刀を、手に、草履をぬいで、上がりかけたのである。すると、お蔦の後ろに、青々と剃り上げた講武所びたいと、するどい眼をもった健吉の顔が、いつの間にか、立っていた。
「あ……」
思わず、またしても、臆病な腰が、後へ、身を退きかけると、
「やあ、土肥先生」
体力的で、快活な声を、頭から浴びせるように、健吉が、云った。
「よく来たな、上がりたまえ」
二
「肌でも脱がんか」
「はっ」
「この暑いのに、そう、堅くなっておられちゃ、こっちも暑い。膝をらくにしたまえ」
「はっ」
庄次郎は、虚勢も持てなかった。
伊予絣に、石帯の結び目を、すこし横っちょにして、榊原健吉は、涼しそうに胡坐をくんだ。
「君は、入江達三郎の弟子だそうだな」
「はい」