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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

「お席へ、お着きくだされい」

「まず、其許から」

「いや、お先へ」

「どうぞ、お年役に」

「まあ、まあ」

肝腎な広間だけが空いていて、人々は、お互いに、謙譲の美徳をしめしあってばかりいて果てしがない。

「聟殿が、てれまする」

老人から、ぼつぼつ、着席する。やがて、土肥家の側が、ずらりと、坐り終わったところで、花嫁は、つのかくしを、俯向けて、庄次郎のそばへ、楚々と、手を曳かれてきた。

裾模様が、自分を、圧するように側へ坐った。銀釵が、きらりと灯を射る。庄次郎は、どきっとした。

一生の運命が決まるのだ。もう、お喜代も、縁なき路傍の石になるのだ。

花聟は、憂鬱らしい。初めから気のない縁談だった。叔父が、いい気持で、でッち上げた今夜なのである。目出度いのは、いったい誰だ?

ふと。

庄次郎は眼の隅からあかの他人みたいな花嫁を見た。見合いすらしなかったので、実物は、今が初めてなのである。

(あっ……)

あぶなく、庄次郎は、声を発すところだった。

お喜代じゃないか!

板新道の――

(違う)

落ち着いて、横目を、繰り返して見ると、違うことは違うが、よく似ている。実に、お喜代によく似ているのだった。