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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

毛抜き

一

(また、姉さんの、浮気)

と、叱られそうな気がして、自分の夏帯だの、髪のものを、そっと、持ちだして、よそから工面して来たのである。その金と、男に返す笄とを、帯の間にはさんで、何かしら、無性な楽しさで、駈けてきたところを、しがらきの角で、どんと、胸をぶつけられたのであった。

乳の上が、痛い気がした。しかし、そんなことは、しがらきへ、下駄をぬぐと一緒に忘れて、

「どこですか、お客様」

小女に、訊くと、

「あそこで、お寝っておしまいなさいましたよ」

窓の下を、指さした。

「まあ……」

お蔦は、眼をみはった。

脚を切られた蛸みたいに真っ赤なものが、そこに転がっているのである。

毛抜き

一

毛脛が大の字を書いている。胸は、はだけているし、涎は畳にベットリだ。鼻から提灯を出していないのがまだしもの寝顔であった。

「……しようがないね、どうしてこんなに酔ったのだろう。土肥さん、土肥さん、ええ、焦れったい、土肥さんてばッ」

お蔦は、持てあまして、

「ほかのお客に、見ッともないじゃありませんか。庄次郎さんっ」

耳の穴へ、じかに云うと、

「あ、ふ」

水面へ、浮かび上がったように、庄次郎は手を伸ばした。