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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
「一つ――」
と、健吉は考えて、
「お蔦と手を切ること。次に、以後必ず行状相改むべきこと。右二箇条、八幡御照覧、違背申すまじく候――でいい」
膝の上で、庄次郎は、その通りに懐紙へ書いた。
鉄之丞は、やっと、得心して、詫状を納めたが、
「しかし、半蔵殿の立腹は、わし以上。勘当は、まぬがれぬから、左様心得ろ」
と、云い渡した。
この際、父や弟に顔を見られるより、勘当の方が、庄次郎にはありがたかった。
御徒士町の叔父の家に、彼は、その日から窮屈な禁足を命ぜられた。六畳間の座敷牢だ。読書以外、庭へ出るのも、許されない。
(お照は、死んだか、助かったろうか)
夢に見た妻は、死に装束を着ていた。彼は妻の名を、紙位牌にして、机の前に貼った。そして、水をあげていた。
お蔦の夢もみた。お喜代の夢も見た。三人の女が、交る代る昼間の空想や、夜の夢に立って、案外退屈は感じない。
しかし、辛いのは、絶対に隔離された酒の味と、女の肌だった。この二つは、知りだしてからまだ浅いだけに、若い肉体と精神を苦しめること甚だしい。と同時に、三人の女のうちで、もっともつよく、彼の頭にのぼるのは、お蔦だった。