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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
三
しきりと、会いたくなった。
三
読みかけていた横文字の書物をふせて、
「ちッ。またやっているな」
八十三郎は、窓から首を出した。
庭にいた庄次郎が、
「何だ? 弟」
「実に、癇にさわる。近頃は、毎日ですからな」
「何が」
「あの軍鶏の声です」
「軍鶏か、あの声は」
「まるで、喉を締めるような。……あれが聞こえ出すと、勉強ができない」
「どこの家で、あんなものを、飼っているのか」
「飼っているならいいが、そうじゃない。この上の藪の中に、無頼漢と、闘鶏師が集まって、博奕をしているのです」
「ふふむ、蹴合いか」
「賄賂を取っているとみえ、町方の役人も、耳のない顔をしている。上も下も、怪しからん世の中だ」
なるほど、そう聞いてみると、かなり耳につく。
風態の悪いのが、風呂敷をかぶせた、軍鶏を抱いて、だらだら坂を、往来している姿も、よく見かける。
四、五日後だった。
「兄上、渋沢栄一殿が、訪ねて来ました」
「何日?」
「只今、お玄関に」
「えっ、来たのか。いると云ったのか」
「べつに、はっきりは、申しませんが」
「いないと云ってくれ」
「なぜです。なかなかいい人物じゃありませんか。ご不在中、幾度も来て、拙者と、話して行ったこともあるが、しっかりしている」