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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

二

眼ッかちが、定紋の提灯箱を下ろして、踏みつぶした。蟇は、寝たまま脚をばたばたさせて、

「闘鶏師を泣かせて、金を蓄めた屋敷だ。オオ汚え、オオ汚え」

襖へ、ペッペッと、唾を吐きかけた。

「おのれっ!」

八十三郎の手から、鞘が後ろへ飛んだのと、蟇が、吃驚して、刎ね起きたのと、一緒だった。

「きゃっ――」

背すじを割られた蟇は、火の玉みたいに、炎天へ飛びだした。禿安も、眼ッかちも、追って来る刀を振り向きながら、

「人殺しだあっ――」

「人殺しいっ」

坂道を、転げるように、逃げて行った。

二

ここなら、世間へ知れっこない。向島の小梅村。

小倉庵長次の近くだった。梅暦の挿絵で見るような萩の籬で一軒家、家賃も安いし、近所も気楽である。そこへ、越してからすぐ札を出したのが、

荻江節、お蔦

女師匠が、奥で爪弾きをしていると、大きな男が、つるべ井戸から手桶をさげて風呂場へ汲みこんでいた。

「あなた、少し、お稽古をしなくちゃ駄目ですよ」

「さらってもらおうか」

仲がいい。世帯が珍しいのだ。しかし、弟子はまだ一人もつかなかった。

「庄次さん、浅草へ行かないか」

「何しに」

「遊びにさ」

「嫌だ」