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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

二

「なんだ」

「なあに、土肥のかついでいる竹刀が、眼ざわりだから、ここの荻江お里という稽古所へ、抛りこんで、預けたまでよ」

「それはいい、土肥ッ、何を、まごまごしとるか。――さあ、これからだぞ」

両方から、首ッ玉を――そのまた首っ玉を、数珠つなぎに抱え合って、

「かんかんのう、きゅうのれす」

大声で、一人が唄いだすと、節をあわせて、

神田アの

急火ですウ

半鐘鳴るベエ

西イ風々

一家たいがい焼けたんべ

めんくが悪くて心配さ

燃えよとは、火イ灰々

ぶら提灯が、避けて、溝へ落ちた。板新道の女が、釵を落として、舌うちをする。町人は、軒下へ貼りついて、

「一ツ橋だ」

と、腫れ物のように、先へ通す。

図にのって、出窓出窓を冷やかしながら、新道を、押し蹌けてゆくと、

「気をつけろッ、馬鹿者ッ」

西瓜屋の葭簀が、ところてんと書いた紅提灯を竿の先からぶら下げている路地口の角だった。

肩を突かれたのかも知れない。

西瓜の胚子を踏んづけて、一人が転ぶと、三、四人、一緒になって蹌めいた。

二

「待てッ!」

さけぶと、

「待っている。なにか、文句があるか」

路地口に、背を向けて、その侍は立っていた。

朱鞘で、白絣の着ながしだった。