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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

何も、世間に坊主がいないわけじゃなし……」

お喜代は、その翌日、嫌応なくまた誘いに来た。今戸から船仕立てで、芝まで行こうというのである。屋形船には、もう斧四郎も、浜中屋のお菊ちゃんも来て待っているというので、露八は、不承不承、

「じゃあ、後から行く……」

と、返辞をした。

「船で、待っていますよ」

お喜代は、一足先に行って、船宿で茶を喫んでいた。

「まあ、しばらく見ないうちに、よい姐さんにおなりですこと」

先に来ていたお菊は、見惚れるように、彼女の身装を見てそう云った。女並みの軽い嫉みも、眸のどこかに隠されていた。

お菊ちゃんは、浜中屋の娘分で、芝居町の笛吹きの立で、小杉長五郎という男を聟に入れたことがあるが、二年も添わないうちに死に別れて後家になった。年は、お喜代の中の姉のお里ぐらいで、三ツぐらい上であろう。田之助の方から首ッたけになったといわれるくらいな容貌で、鳥文斎栄之の画く女のような気品があって細ッそりしていた。それに、柳橋きッての浜中屋の娘というので、気位も高かった。いつも、武家娘のようにきちんとして、横笛を帯の間に挟んでいる。それは、笛吹きの名人だった長五郎の遺物かも知れないと人は云ったが、ほんとは、子どものうちから笛が好きで、彼女の笛は、長五郎以上にもとから上手かったのであった。