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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
どうかお引立てをおねがいいたします」
お喜代は、旦那の斧四郎へ、そう云って彼を紹介わせてからまた、お菊ちゃんへも、
「よろしく」
と、云った。
お菊ちゃんは先刻から笑いを忍んでいたが、
「はい、私こそ」
と答えながら、とうとう、吹きだしてしまった。
斧四郎もお喜代も、誘われて笑い転けた。
「露八さん、鬘をしていては、暑いでしょう。鬘の間から汗が滲み出している」
「そんなでもない」
露八の真面目くさっているのが、よけいにおかしくって、
「川のなかは往来じゃないし、誰も見ていやしませんよ。脱ったらどうですか」
「それもそうだな」
「脱りなさい。遠慮なく」
斧四郎もすすめた。
「では、ご免を」
と、露八は、鬘を脱った。汗にぬれた坊主頭からうすい湯気が立った。
「なかなか、坊主ぶりがよいぞ。道鏡殿、お近づきじゃ」
斧四郎は、重箱をひらかせて、杯を酌したが、
「今日の酒は、ちと違うの。灘ではあるまい」
「船宿のですから、宮戸川かも知れません」
「お菊の家へ寄って、剣菱を頒けてもらおう。船頭、浜中屋の裏へちょっと着けておくれ」
笛のお菊ちゃんは、柳橋の自分の家へ上がって、柳樽へ剣菱を入れ、船へ提げて来た。