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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

先の方が、無理がない」

露八は、独り言に云って、それから、橋上の行列に、大声を揚げ、

「ご苦労に存じますっ。江戸の者に代わって、お礼のため、ここでお見送り申し上げておるのでござる。――ご苦労に存じますっ」

と、呶鳴った。

すると、橋上の兵たちは、欣んでしまった。

「やあ」

「やあ」

「ようっ、別嬪」

他愛のない歓呼を揚げて、

「ばんざアいっ」

と、無数の手を振った。

露八も、

「会津様、ばんざアいっ――」

と、船から赤誠を送った。

弾はもう来なかった。橋の上はまた、日傘と駕と往来の人通りに、常のような静かな埃になった。

「アア、怖かった」

芸妓たちは、這いだして、醒めた顔をお互いに見合いながら、すぐおかしがった。

越中島の砲術調練場でも、パチパチと、豆を煎るような小銃の間に遠雷のような、八斤砲の音がしていた。

「戦が、あるのでしょうか」

お菊ちゃんだけは、先刻から澄まし込んでいた。露八は、お菊ちゃんの度胸に少なからず驚いたし、お菊ちゃんは、急に露八を認めだしたように、彼へ話しかけた。

「戦ですか。さあてね?」

露八は、あるともないとも、ふだん考えていない問題だったので、首を傾げた。