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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

ふき矢

一

「あるそうですよ」

芸妓たちは、みんな云った。

斧四郎だけが、

「あるものか――」

と、笑い消したが、ふと、金持の常に抱いている不安が首を擡げて、何かで、その不安を消してしまいたかった。

「酒は、どうしたのじゃ」

「まだ、こんなにも、ございますよ」

「飲まないか、お喜代」

「はい」

「芸妓たちは、何しに従いて来た。酒も飲まないで、面白くないぞ」

「はいはい、御意とあれば」

「なんで否やの――」

「候うべき――」

田之助芝居の、連ね科白を真似して、白けた興を取り戻す努力にかかった。

「藤八拳をやらない?」

ひとりが誘うと、

「さあ、おいで」

斧四郎は、機嫌がなおって、

「五人抜きで、勝った者には、これを遣るぞ」

寛哉の蒔絵の筒に、後藤彫の鮎の金具のついている二百両もする莨入れを芸妓たちの中へ抛った。

ふき矢

一

船が着いてから、芝浦の茶屋でまた飲んだ。それから、三々伍々、茶屋の者も交じって、繰り出したので、神明の生姜祭の人混みへ交じったのは、もう夕方になっていた。

斧四郎は、今日は、こんな心意ではなかった。いわゆるお大尽遊びには飽いているので、小人数で、秋の半日を、清遊して戻ろうと思っていたのが、やはり、彼の金持であることが祟って、彼の行く所、彼の云う声が、有象無象を呼び集めて、型のごとく、お大尽遊びの方程式に嵌まってしまった。