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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
「その盟友を、見殺しにしては、義に欠ける。で――実は助けに来たのだが、ちょうど、大原勅使の供のうちには、この武市をはじめ、西藩の脱藩者だの、同志だのが、多勢扈従して来ているからその者たちの手をかりれば、無造作に、伝馬牢から救い出すことができると思う。……だがここに困るのは、一時の匿れ家と、江戸の府外へ、首尾よく当人を落としてしまう工夫だが」
「吾家へいらっしゃいまし」
お菊ちゃんは、頼まれない先に、すすんで云った。
「だが、お前のお養母さんの浜中屋の女将ときては、公方の肩持ちで、ちゃきちゃきな江戸ッ児だからな。万一、密告されると……」
「いいえ、私が計らいます」
「どう計らうか」
お菊ちゃんは、じっと、考え込んでから、何か、一策を心に泛かべたらしく、ひそひそと、諜ち合わせをしていた。
更科を出て、二人に別れてから、お菊ちゃんは、露八と二人で、芝浦の船茶屋へ寄ってみたが、斧四郎旦那も、お喜代も、先へ船で帰ってしまったということだった。
猪牙を一艘仕立ててもらって、露八はお菊ちゃんと、それに乗った。
眼をふさがれたように暗い海だった。
猪牙の舳においてある船行燈だけがぽちりと明るいだけだった。