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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

「ご苦労様でございます」

と、日常の挨拶みたいに云った。

桂もまた平然としていた。

侍と、坊主と、女と、こう三人の乗っている船を、台場兵たちは、不審そうにじろじろ眺めて、

「どこの船じゃ」

「川崎の森田家でございます」

提灯を水際へさげて、舳の船鑑札を検めると、すぐ呶鳴った。

「ちがう! 柳橋の浜中屋ではないか」

「はい」

お菊ちゃんは澄ましこんで、

「一昨日から、お客様方が、私どもへお遊びに来ていらっしゃいますから、船は、あちら様のでございます」

「ふーむ……。この騒がしいご時勢に」

外れた眼は、桂小五郎の横顔へ移った。すこし改まって、

「其許は?」

「拙者か」

「左様」

「江戸表にご逗留中の大原勅使の従臣、三沢蔵人でござるが」

「あ」

台場兵たちは、銃口を惑わせて、明らかに、狼狽した。隊長らしい男も、勅使の従臣と聞いて、ちょっと、荷が過ぎた顔いろをしたが、職権は崩さなかった。

「役目でござれば――一応お訊ねする。川崎の森田家にご気散じの由はわかったが、この深夜に、どこへ、そして何のために?」

たたみかけると、

「江戸川尻へ、千鳥聴きに」

「千鳥を」

「されば」

「千鳥を聴くとはどうすることか」